デザイナー・ベビー
現代の生殖医学の実態をわかりやすくかみ砕いて紹介する一般向けの解説書。
著者は生殖生物学者のロジャー・ゴスデン。
「現代」といったものの、1999年の著作なので、取り上げられている実例は当時のもの。
しかし、述べられている主旨に遜色はまったくなく、現代の生殖医学を取り巻く状況に当てはめても十二分に通用する普遍的な内容となっている。
題名にもあるデザイナー・ベビーは、狭義の意味では遺伝子操作によって望ましい性質をもって作り出された子供のこと。
様々な立場や観点から論争の的になり、まだ公然と実社会には受け入れられていないデザイナー・ベビーという存在だが、実用的な遺伝子操作の技術が確立されるはるか以前の大昔から、すでに存在しているという。
何のことはない、伴侶となる相手を、知性や体質や容貌で選別するという当たり前の行動が、間接的に生まれてくる子供の遺伝子の構成に干渉するという意味で、そもそもベビーをデザインすることと同義なのだというのが著者の見方である。
出生前診断やクローンや遺伝子治療や不妊治療が科学の発達によって登場したからデザイナー・ベビーが生まれるようになったのではなく、単にデザイナー・ベビーを作るために応用可能な道具が増えたり洗練されたことで、デザイナ・ベビーの質や産出の精度が向上したに過ぎない。
ただ、科学の発達で利用可能となった先進の技術が社会に導入されることで、これまでとは大きく異なる、複雑で決定的な変革が広範囲に生じる懸念が生じ、大いなる繁栄がもたらされる可能性が得られた一方で、未知の混乱が巻き起こる制御不能の危険性が増したことも確か。
デザイナー・ベビーに象徴される、欠点のない望ましい性質を所有する子孫で遺伝子プールを統一したいという人類共通の欲求が、進化論の曲解と相まって、痛ましい断種政策や人種的ジェノサイドの惨劇を招いた優生学の台頭を許してしまった前例もある。
遺伝疾患や不妊の治療に用いられる技術は、ともすれば優れた性質を付与された能力的上流階級を生み出し、乗り越えがたい階級格差を拡大し固定化する技術にもなりうる。
本書は、生殖の科学について、その基礎や可能性、限界、有用性や危険性などを、科学的な視点だけでなく、社会のありようと関連付けて概観しわかりやすく解説しており、生殖という人類に当たり前に備わった基本的な機能でありながら、取り扱い次第で人類の未来をたやすく左右する側面を持つ能力の重大性を改めて問い直している。
個人的に気になった個所は、男でも妊娠できないことはない、という記述。
受精卵というのは、ほかの人体組織と比べて、体のどこにでもくっついて根を張る能力が特別強いらしい。
比較するのはあれだが、そのどこにでも根を張る能力はがん細胞と比肩するほど。
子宮以外の場所でもかまわず受精卵が成長してしまう子宮外妊娠がその実例。
この性質を利用して、体外受精した受精卵を男に植え付ければ着床する可能性はなくはない模様。
男が妊娠できるようになった世界がどうなるかが描かれた漫画を思い出した。
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ラストがロジカルな意味でこんがらがってしまって、人類というか自分には早すぎた内容だった。