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緊急提言 パンデミック

歴史や未来予測に関するベストセラーを連発するイスラエル歴史学者にして哲学者が、世界を根幹から揺るがしているCOVID‐19のパンデミックに関して、活字メディアに寄稿したり、日本のテレビインタビューに答えた緊急提言をまとめたもの。

 

提言が発されたのは2020年の3月から4月にかけてで、この本はかなりのスピード出版となっており、「緊急」を冠しているのは伊達ではない。

 

なぜこんなに名実ともに「緊急」なのかといえば、COVID‐19のパンデミックによって一気に加速する社会変革の暴走への対処が手遅れとならないようにするためだ。

 

本書に収録された著者の提言では、意外なことにCOVID‐19が及ぼす被害に対してはそこまで悲観的な見方をしていない。

 

もちろん未曽有の大災害であることは当然認識しているが、相当数の被害が出るものの、いずれは様々な対策が功を奏し、文明が破綻したり人類が滅亡するような致命的な結末にはならないだろうと冷静に分析している。

 

要するにCOVID‐19そのものの被害は一過性で回復可能なのであるが、著者が懸念しているのは、このパンデミックが呼び水となって起こる国家的、世界的社会体制の変革である。

 

感染症の拡大防止には、感染経路の把握とコントロールが重要である。

 

そのためには感染者の動向に関する情報を、速やかにかつ正確に収集し、管理する必要がある。

 

これはつまり、ある種の監視システムに他ならない。

 

また、感染経路を寸断し、感染拡大を防ぐには、ウィルスの運搬者である人民の行動をコントロールする必要もある。

 

これはつまり、行動の自由の制限にあたる。

 

国家の総力を挙げて対処しなければ解決の難しい非常事態において、国家は人民総員の協力を取り付けなければならない。

 

もちろん人民が自主的に、かつ有効な行動を以て協力するならそれに越したことはないが、現実にはそんな状況はまずありえず、特にグローバル社会において文化背景が多様な人員構成の国家が珍しくなくなった昨今にあっては、意志と行動の統一はなおさら難しい。

 

そうなると、国家が強権を発動し、強制的に人民を統率して事に当たるべし、という平時なら頭ごなしに拒否されるような全体主義的な論説が歓迎される風潮が優勢になってくる。

 

著者が危惧するのは、COVID‐19よりも、非常事態に対するパニック的反応が、国家権力の不当な拡大を助長する温床となりかねない、長期にわたって禍根を残す二次的な非常事態である。

 

これが単なる机上の空論や杞憂だと一笑にふせないリアリティを帯びているのは、著者が属するイスラエルの歴史があるからだ。

 

イスラエル独立戦争において制定された、戦争という非常事態の期間に限定されているはずの各種の法律が、戦争終了後50年以上たっても存続し、効果を発揮して国民生活を制限し続けている。

 

冗談のようだが、戦時中の食糧物資節約に関して、プディングの作り方や供し方を指定する法律があったが、とっくに戦争が終結し、当然食料供給の不安も無くなったというのに、この法律の廃止されたのはなんと2011年になってからだった。

 

もちろん、戦時中に制定された非常事態法はこれだけではなく、現在もまだ存続している法律もあるようだ。

 

さらに現代でも、イスラエルはこのパンデミックに際し、治安維持部隊に国民行動の監視を許可する法律の制定を、議会システムを半ば無視して制定した。

 

このように非常事態に対処するために人民の協力を強制的に取り付けるべく権力を拡大する風潮が世界を飲み込み、そのまま世界を沈めたままにしてしまうことに、著者は強く懸念を表明している。

 

それを防ぐためには、国家の強権発動を正当化する根拠として勝手に前提とした、「人民の自主的で有効な協力」を、人民が実現すればいいと著者は提言する。

 

人民が自発的に正しく非常事態に対処できるのなら、極論、強権の発動どころか、国家すら必要ない。

 

ただ、文化や事情を異にする大勢の人間それぞれが自発的でありながら、正しい指針に従い全体として統率された行動に従事するなんてことがありうるのか、という当然の疑問が浮かぶ。

 

その疑問に対し著者は、科学的な分析に基づき意志決定する慎重な態度によって、それが実現される可能性を示唆する。

 

科学には文化や土地や時代や個人の事情や状況に左右されない、普遍性と再現性という確固とした強みがある。

 

対処すべき非常事態に対し、多様な背景を根拠に個人や小さなコミュニティーがそれぞれ自分勝手に対処法を策定すれば議論百出の混乱は不可避であり、人命や財産の危機が目前に迫る緊急事態においては、国家のような巨大な権力機関による強制的統率による国力の総結集もやむなしとなるが、一方で科学的な見地を根拠とすれば結論は常に一つであり、余計な混乱は起こるべくもなく、人民の行動は一切の外力の制御を受けることなく、自ずから統一されたものになる。

 

驚くべきはパンデミックの兆候が歴然とし、世間がパニック発作に見舞われていた事態の初期に、明晰に事態を分析する冷静な胆力と、さらには二次的な社会の悪い方向への変革こそが対処すべき真骨頂であると見抜いた著者の慧眼である。

 

COVID‐19が依然暴威を拡大する世界において、各国政府の対応やポストコロナに向けた社会構造の劇的な変容もかなり進行した現段階でも、これらの提言に照らして自らの身の処し方を見直すのは喫緊の課題となっている。