ざっくり雑記

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上脳下脳

脳の機能と解剖学的構造の相関の仕方として、芸術的/直感的な右脳と、分析的/論理的な左脳という説が提唱され、世間に流布し、もはや常識と化して久しいが、本書はその「常識」が脳科学の実態からかけ離れた舌触りのいい物語に過ぎないと否定的な立場をとる。

 

代わりに、数々の脳機能と解剖学的所見に関する長年の研究成果の綿密な分析から導かれる科学的に妥当な仮説として、左脳/右脳に対応する芸術的/直感的・分析的/論理的といった区分けではなく、上脳/下脳に対応する計画/行動・情報分析/情報処理という新たな区分けを提唱し、さらにその区分けから発生する4つの思考モードの生活における特性について解説する。

 

 そもそも左脳右脳説が世間に出回る発端は、重度の癲癇発作の治療のために、左右の脳を連結する脳梁の切断手術を受けた患者に対して行われた、治療後の知能や思考の変化に関する研究である。

 

この研究により、左右の脳がそれぞれ別々に機能し、それぞれの思考活動にある種の違いがあることが示唆された。

 

しかし、これはあくまで「左右」に分断された脳の機能を調査した結果であり、さらに突き詰めれば、左右に「分断されなかった」左右の脳を調査した結果ではない。

 

つまりこの調査の結果が意味するのは、重度の癲癇という明らかに病的な性質を持つ脳を、左右という任意の区分けで、外科的に分割した、という非常に特殊な前提条件に置かれた少数の脳の振る舞いであって、そこから何の処置も受けていない健常な脳の機能について妥当な類推を導くのは乱暴ですらあり、その論理の飛躍の危険性については、この調査を行った研究者自身が懸念を表している。

 

後年の他の研究でも、脳機能の調査技術の発展により、脳の機能が左右だけでなく、さらに細かい境界区分で明瞭に異なっている性質が続々と明らかとなり、世間で受け入れらている左右という解剖学的なくくりや、分析的/論理的・芸術的/直感的という機能的なくくりのどちらもがおおざっぱすぎるというだけでなく、実態とかけ離れた的外れな解釈であったことがいよいよはっきりとしてきた。

 

一方で、脳に関する研究成果から、より妥当な解剖学的・機能的分類の輪郭が浮かび上がってきた。

 

それが本書で提唱されている上下での脳の区分けと、計画/行動と情報分析/情報処理の機能的区分けだ。

 

この区分けの考え方は、従来の脳の左右と機能の違いの区分けのそれぞれの部分を入れ替えれてそのまま適用できる。

 

また、それぞれの性質には個人や場面に応じて傾向の強弱があり、その組み合わせから4つの思考モード(主体者モード、知覚者モード、刺激者モード、順応者モード)が生じる。

 

区分けの根拠やそれぞれの思考モードの特徴などの詳細については本文の記述に譲るが、あくまで仮説としながらも、これらの理論を現実社会での人々の振る舞いに当てはめてみると、大きな矛盾なくしっくりと該当し、説得力がある。

 

この仮説が、左右脳神話の衣鉢を継承し、看板だけ取り換えただけの第二の神話として偽りの玉座に君臨するのか、はたまたさらなる後発の研究によってより確固とした根拠に裏打ちされて不朽の地位を確立するのか、ことあるごとに注目していきたい。