ざっくり雑記

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人間交際術

 

色々な立場や性格の人間と気持ちよく交際するための心構えを説いた、200年前のドイツの本。

 

著者のクニッゲは複雑な経歴の持ち主で、宮廷で国家運営の政務に携わったり、作曲家として交響曲をものしたり、職業作家として何冊も小説を出版したり、秘密結社の構成員として精力的に策動したり、43歳という若さで亡くなるまでのけして長くない期間に、バラエティ豊かな経歴を目まぐるしく歩んでいる。

 

 

本書は、宮廷や下町など、色々な場所に出入りして、貴族から奉公人、聖職者や詐欺師まで、多様な立場や性格の人間と幅広く交際してきた著者の、実体験に基づく実用的交際術を分類してまとめたもの。

 

作中で自称する完璧主義は伊達ではなく、およそ考えられうる限りのありとあらゆるシチュエーションにおける交際の心構えについて、重箱の隅をつつかんばかりの念の入れようで、時にくどさを覚えるほど詳細に記述しており、そのボリュームは文庫本サイズで600ページを超える。

 

宮廷や貴族、聖職者や秘密結社といった、200年前のドイツ特有の文化空間や階級の人間との付き合い方など、現代ではなじみのない人種との交際について述べられている部分もあるが、少し主語を入れ替えるだけで、本書の大部分の記述が現代社会でもそのまま通用するのは、不思議を通り越して不気味だ。

 

人々を生まれや門地で区別し、能力や個性を無視して固定された階級や生活レベルに束縛する非合理的な旧弊を打開し、自由で平等な社会を実現しようという先進的な啓蒙運動が当時のヨーロッパ社会を根底から揺るがしつつあり、その結果が現代の世界の有り様を形作ったはずだが、本書の記述の大部分が現代でもそのまま通用するあたり、少なくとも人間の意識レベルではその実態に大きな進歩はないようだ。

 

コミュニケーションに関する著作は根強い人気を誇るカテゴリーで、雨後の筍のように途切れることなく続々と出版されているが、良くも悪くも最近の著作は読みやすく手に取りやすい、表層的なテクニックの要点だけを簡潔にまとめたお手頃ボリュームの小冊が主流であり、本書のように、百科事典と見まがう網羅的ボリュームを誇る大冊はあまり見かけず、汎用性の高さは比べ物にならない。

 

心理学や精神医学といった科学的根拠から導出される理論的記述は時代的に無いが、著者の交際における成功や失敗の実体験に基づく血肉の通った生々しい経験則には、善悪虚実入り乱れる混沌とした人間関係の実地で実証された堅実な実用性が確かに感じられる。

 

人間関係に悩んだときに折々見返す、座右の書としての使用に十分耐えうる質実剛健な一冊。