ざっくり雑記

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群衆心理

個人とは明らかに異なる、群衆に観察される特異な行動の傾向について、心理学的な視点からの解明を試みた、社会心理学の嚆矢となった著作。

 

著者は19世紀のフランス人の多才な社会学者、ギュスターヴ・ル・ボン。

 

本書で取り扱われる群衆心理の特徴を顕著に発現している具体例の代表として、フランス革命に端を発する、フランスを大きく動揺させ多くの流血を強いた、一連の社会状況の激変が取り上げられる。

 

革命の理想は理性に基づいた合理的なものであったのに、その結果が見るも無残な大量の流血を伴う野蛮な状況を招いてしまったのだが、著者は革命の理念を歪めてしまった群衆心理にその原因の一端を求める。

 

著者は、群衆に組み込まれた個人が、その元々の知性のレベルや人格の個性に関わらず、群衆特有の一般的傾向に従って行動せざるを得なくなる性質があることを、明敏な洞察により明らかにし、その要素や種類を体系的に分類し、原因や影響について考察を展開している。

 

群衆に属する個人は、思考が単純化し、短絡的な連想に従って衝動のままに行動してしまうといった全体の傾向に取り込まれる。

 

その結果、冷静な個人としては絶対に選択しないような、非合理的だったり非倫理的な行動に抵抗なく従事してしまう集団が出来上がる。

 

行動の方向性は良いこともあるようだが、本書の論調は、そのダークサイドがもたらす危険性を強調し、警戒を呼び掛ける。

 

120年前に記された本でありながら、群衆という特殊な状態に置かれた集団の単位に特異的に発現する性質についての卓抜した洞察は、現代社会でも様々な事情で発生する群衆についても、そのまま無加工で通用する。

 

特に昨今の感染症の蔓延は、グローバルに展開する危機感の共有により、70億人もの人々が空前絶後の規模の一個の群衆と化してもおかしくない状況にあり、本書が警鐘を鳴らす群衆心理の負の側面が発現しようものなら、フランスが革命後に辿った野蛮な混沌状態に匹敵する惨禍が、ただでさえ感染症で疲弊した世界に襲来する可能性も否定できず、本書の内容の重大性は時宜を得て益々増しているといえる。

 

こういった群衆心理の危険な傾向が発動した場合に対抗できる有効な具体策は明示されていない。

 

ただ、自分が個性を備えた冷静な個人として独自に判断を下しながら事態に立ち向かっているのか、それとも、群集に取り込まれて主体性を喪失した愚かな細胞の一つに成り下がり自覚なく状況に隷従しているのか、その自己認識の客観性を多少なりとも保持し、群衆の膨張と暴走にわずかなりともブレーキをかける、抗群衆性ともいうべき精神的免疫を準備するうえで、本書は大きな力になってくれる。