ざっくり雑記

ざっくりとした雑記です

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

お笑いコンビ・オードリーの若林正恭によるキューバ旅行記

 

カバーニャ要塞という見慣れない名詞と、表参道という耳慣れてはいるが庶民である自分には縁遠い地名の奇妙な取り合わせの妙、そして表紙に写っているみすぼらしい野良犬の哀愁を漂わせながらも呑気で自堕落な雰囲気に強力に惹きつけられ、ろくに内容も確認せず衝動のままに手に取った一冊。

 

旅行記というジャンルは一粒で二度おいしい。

 

旅行者向けのお役立ち情報を紹介する旅行パンフレットと、筆者の独特な感性で捉えた世界観を追体験できる随想録の長所を併せ持つからだ。

 

キューバ旅行に臨む著者の態度は、仄かな悲観を基調とした、周囲から一歩距離を置いた冷静なものだ。

 

だが冷淡ではない。

 

現実を俯瞰し一定の距離をとる傍観者の態度を堅固な習い性とする一方で、傍観の対象に早々と見切りをつけて離れるわけでもなく、逆に執拗に粘着し、傍観の距離を保ったままで強迫的な観察と解釈を継続する、燃え上がらずに燃焼する炭火のような持久性の高い情熱も持ち合わせている。

 

本書自体が、キューバと対照化することで実態が見えてきた、日本社会の理不尽に対する、お笑い芸人ならではの壮大なツッコミとなっている。

 

日々社会が突き付ける理不尽な要求の弾幕に撃ちのめされ疲労困憊し、手酷い消耗から回復できず二進も三進もいかなくなっている自分のような手合いには、著者がキューバを旅し感じ得た、システムに雁字搦めにされた息苦しい人間関係とは違う、人情で結び付く交流の力が、襲い来る理不尽の大波に対抗する処方箋になる。

 

表参道のセレブ犬に疲れたら、カバーニャ要塞の野良犬になってくつろぐのも一興だ。