ざっくり雑記

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砂 文明と自然

 

砂

 

 砂にまつわるネイチャーライティング。

 

文中には、「砂の上に自分の家を建てるとは、なんと愚かなことだ」という聖書の一節や、それと意を同じくする文言がたびたび登場する。

 

脆い土台の上に何かを構築しても無駄になるという教訓を表す箴言だ。

 

ところが実際のところ、我々は砂の上にしか自分の家を建てる以外に選択肢はなく、そもそも家どころか自分自身すら砂の上以外に立たせることはできない。

 

それほど砂はこの地球の、この世界のあらゆる場所にいきわたり、すべてに充満している。

 

砂という題材の性質を考慮すると、本書は無謀な挑戦そのものだ。

 

砂というのは、一つの言葉として表現するのは至極簡単な概念だが、その実態に一歩でも踏み入り詳細を詰めようとすれば、底なしの砂地獄のごとき奥深さと、砂漠のごとき果ての知れぬ広大無辺さに向き合い、己が砂粒一つにすら劣る矮小な存在であることをいやでも思い知らされる、壮大極まる存在だ。

 

その恐るべき砂の本性について総合的に記述するという難行に果敢に挑んだ涙ぐましい人為の成果が本書には凝縮している。

 

砂について、地質学はもちろん、その派生分野や物理学、天文学、工学、果ては人文学など、およそ考えられるありとあらゆる分野で研究されている知見が網羅的に、かつ詳細に記述され、読み応えという点では抜群の内容となっている。

 

だが本書を読み進み砂に対する理解が深まるほどに、人類が英知と労力を結集して収集し、弛まず洗練し続け蓄積した膨大な知見が、砂の実態全体からすれば、氷山の一角ならぬ砂漠の一画にも当たらないほんのわずかな部分に過ぎないという事実がいよいよ明白になり、途方もない気分になる。

 

本書の内容が見ようによっては手当たり次第に目についたトピックを羅列した節操のない散文に見えてしまうのは、砂が世界のあらゆるものと関連する、森羅万象とニアリーイコールな存在だからだ。

 

つまり、本書は砂≒森羅万象を記述しているにも等しい、総体的といえばこれ以上総体的なものもない、分野を超越して自然全般を一望するがごとき所業の記録なのである。

 

良書の判定基準は様々あるが、その一つに、読後に世界の見方が変わる意識変容の作用の多寡が含まれると思われる。

 

本書を読むと、道端の隅っこに堆積している一つまみの砂にすら、地球スケールの地質学的代謝と、数十億年に渡る悠久の歴史と、太陽系の外にまで至る天体の運行の残響を読み取る感性が自然と身に付き、世界の解像度が桁外れに向上する効果がある。

 

一冊の本が惹起する意識の変革の規模を考えると文句なしの良書といえる。

 

人もまた視点を変えれば世界を構成する砂の一粒であり、とりもなおさず砂について記述する本書は、人間についての本でもある。

 

単一の題材を取り上げたネイチャーライティングの域をはるかに越える示唆に富んだ一冊。