ざっくり雑記

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無一文の億万長者

国際的な免税小売業で大成功し、若くして築いた莫大な富のほとんど全てを慈善事業への寄付に費やした億万長者の伝記。

 

本書の主人公であるチャック・フィーニーは、旺盛な起業家精神と凡俗の目には映らない隠れたビジネスチャンスを逃さない抜群の目ざとさの持ち主でありながら、対照的に金銭欲や虚栄心は乏しく、財産や栄誉に対し執着が無いどころか時に嫌悪すら示す、奇特という評価がこれ以上似合う人もいない人格者である。

 

彼が成した慈善事業への寄付の総額は数十億ドルにも達し、寄付の窓口にしている財団は、錚々たるメンツが名前を連ねるアメリカにおける寄付額のランキングでも上位に食い込んでいる。

 

彼の主な財産は、自分が創立した巨大免税小売企業の株式からの配当と売却益なのだが、なんと彼は人生の早い段階で、生活に必要な100万ドルほどの費用を除く、数十億ドルもの莫大な富をすべて慈善事業のために立ち上げた財団に寄贈するという、傍目からしたら自暴自棄になったとしか思えない大きな決断を下す。

 

本業の免税小売企業の経営に勤しみ、さらなる小売やホテル事業の起業にも旺盛に取り組む傍ら、慈善事業財団の実質的指導者として辣腕を振るいつつ、世界中で国家規模の寄付を行い、援助する事業を注意深く選定し、場合によっては自らもその運営に介入することで費用対効果の高い成果をあげているというから並大抵のバイタリティではない。

 

一方で、目を見張るような大金をあちこちで寄付し、多くの人々から掛け値なしの感謝と尊敬を集めているにもかかわらず、頑なに称賛や名声を拒否する態度を貫き、援助される側に守秘義務すら強制する徹底した秘密主義者でもある。

 

余人には理解し難い彼の信念体系や行動原理を解明するうえで、彼の奔放な人生遍歴を微に入り細に入り綴った本書の記述は非常に役に立つ。

 

本書には地名やら人名やら、時には彼が要人と会合したホテルや喫茶店の屋号とか、おびただしい数の固有名詞がページ狭しとひしめいている。

 

それはとりもなおさず、それだけフィーニーが休むことなく躁病じみた活動性で世界中を駆けずり回り、多くの人々や事業と関わり、大勢の人間の運命を左右する重大な決定を数多く下してきた証左である。

 

彼は自身の存命中に、財団が保有する全財産を全て慈善事業への寄付に費やすことを決定するが、なんと財産が莫大すぎて、多額の寄付に見合うだけの巨大な規模の慈善事業を見つけるのに苦労する有様で、このままでは運用益からの収入で未来永劫財団の財産が膨らみ続け、いつまでたっても処分しきれない恐れすら出てきたというから、その財産の尋常でない巨大さが知れようというものだ。

 

それなら何でもいいからばらまけばいいじゃないかという考えもあるが、卓越したビジネスセンスの持ち主であるフィーニーにとって、そんな無駄遣いは許せない。

 

彼にとっては慈善事業も投資の一種であり、寄付した額に見合う、否、それ以上のリターンとしての人々の幸福が得られなければ無残な失敗に過ぎず、それゆえ寄付の対象も、儲かる株の銘柄を選定するように慎重に吟味して選定せざるを得ず、結果として腰が重くなり資産の増殖に対し処分が追い付かないという、庶民からすれば羨ましい限りの別次元のジレンマに陥っているのだった。

 

貧富の拡大に対する富の再分配について、一つの解答となりうる稀有な実例を取り上げた貴重な一冊。