ざっくり雑記

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怖いへんないきものの絵

絵画を怖さという視点から捉えて解説した異色のベストセラー「怖い絵」を書いた異色の作家と、生物を珍妙さという視点から捉えて解説した異色のベストセラー「へんないきもの」を書いた異色の作家の異色のコラボによって生まれた異色のポピュラー・アート・バイオロジー・ライティング。

 

異色が混色して名状しがたい怪色に彩られた唯一無二の内容の一冊となっている。

 

取り上げられる絵は、「怖い」上に「へんないきもの」が描かれたニッチにニッチが重なったドニッチな絵ばかりで、それぞれがひとかどの画家が描いた歴史的な価値のある作品とはいえ、芸術によほど精通し、かつ耽溺していなければ、普通の人間が100歳まで健康に生きたとしても生まれてから死ぬまで一切目にせず済んでしまうようなマイナーな作品ばかりが一堂に会している。

 

個人的に特に異色だったのはピエトロ・パオリーニという画家の「カニに指を挟まれる少年」という作品。

 

題名通り、カニに指を挟まれた少年(と呼ぶには抵抗を覚える老けた顔立ちの男性)が痛がっている瞬間を捉えて描写した絵で、一見するとなんだかいわくありげなのだが、西洋絵画にありがちな神話や逸話の場面をモチーフにした絵というわけではなく、解説によると本当に単純にカニに指を挟まれた少年を描いただけの絵という、裏表も奥行きもない素朴極まりない作品であるらしい。

 

一応、痛みにゆがんだ表情を芸術的に表現する力をアピールするために描かれたという作品に込められた当時新進だった画家の事情や、同様のモチーフで描かれた大家の作品にこの画家が私淑したオマージュであるというモチーフ選びにまつわる筋の通った解説も付されているのだが、それにしても深い意味のないモチーフにここまで力を込められるのかと、作者の画業に対する情熱に手放しの感嘆を覚えるほど、その筆致と画風は精密で力強く、それが一層モチーフの意味の無さとのギャップを生み出し、じわじわとくるシュールな印象を殊更強めている。

 

さらにこの絵に描かれた肝心のカニの体が、生物学的に明らかに間違ったつくりになっているという早川いくをからの的確なツッコミが入るに至って、いよいよこの絵のコミカルさは限界を突破した。

 

そんな違う意味で印象的な異色の傑作・怪作ばかりが集結した出色の一冊。