ざっくり雑記

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恐怖の都・ロンドン

裏ロンドン史ガイドの決定版。

 

どんな都市にも表の面と裏の面があり、その中でも特に闇が深く、またその昏さに比例して興味深い歴史を持つ都市がロンドンだ。

 

世界に名だたる殺人鬼・切り裂きジャックを生んだ都市なだけあって、怪奇で猟奇な事件には事欠かず、その選手層の厚さは折り紙付きだ。

 

ロンドン巡りツアーの旅程に沿って、訪れる土地に因んだ陰惨な殺人事件や不気味な怪談の数々が、図版を添えたガイドブックらしい簡潔でコンパクトな章立てという体裁で著されているが、すらすらと読めてしまう短いトピックのどれをとっても、一級の悪夢やホラー大作の下地になりうるポテンシャルを秘めた、世にもおぞましい史実のオールスターにふさわしい、ただならぬ風格と瘴気を漂わせている。

 

資本主義と産業革命が花開き、爆発的に高まった生産性と労働力の需要が、おびただしい人間が蝟集するロンドンという近代的な大都市を支える堅牢な土台となったが、未曽有の人口密度の増加に比例して悪化する衛生環境や人間関係の軋轢を処理するテクノロジーや社会制度が全く追随できておらず、そのギャップがペストの猖獗やロンドン大火といった大災害や、風紀の乱れと大小様々な犯罪の格好の温床となった。

 

水素原子が強力な外力で強制的に結合させられる核融合は文字通り爆発的なエネルギーを産生する物理現象だが、本書で取り上げられている時代のロンドンも、人間が一か所に密集し臨界を越えているという点では似たような状況にあり、その超過密状態が核爆発的な産業の発展の礎となったが、その爆発の方向性は負の極性にも開かれており、本書は大々的に取り上げられる機会が少ない、しかし確かに存在した、核融合の広範な正の影響に勝るとも劣らない甚大な負の被害のディテールを丹念に辿る、有用で魅力的な資料となっている。

 

事実は小説よりも奇なりという慣用句を引くまでもなく、人智をたやすく超越した異様極まる現実の恐怖に手軽にアクセスしたい向きにはお勧めの一冊。