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ジョジョ・ラビット

 

ジョジョ・ラビット (字幕版)

ジョジョ・ラビット (字幕版)

  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: Prime Video
 

 イマジナリーフレンドがアドルフ・ヒトラーという10歳の少年の数奇な運命を描いた、第二次世界大戦末期の敗色濃厚となったドイツを舞台とするハートフルコメディ。

 

ナチスドイツ体制下にある、戦争末期のドイツの日常を叙情豊かに再現した映画でありながら、本作にはその核心であるアドルフ・ヒトラー本人が画面に登場することは無い。

 

主人公のジョジョのイマジナリーフレンドであるヒトラーはことあるごとに現れて芝居がかった長広舌を垂れるが、これはあくまで少年のたくましい想像力が生み出した幻像であり、実像ではない。

 

ジョジョは熱心なナチスかぶれで、会ったこともないユダヤ人への憎悪を募らせ、イマジナリーフレンドのヒトラーがそれをさらに煽り立てるが、反体制運動に携わるジョジョの母親が自宅の壁裏に秘密裏に匿っていたユダヤ人少女との実態のある交流を通じ、彼の幼稚な妄想は少しずつ崩されていく。

 

少年の傍らに常に存在するイマジナリーフレンドのヒトラーは、当時のドイツを支配していたイデオロギーの象徴だ。

 

柔弱だが気の優しいジョジョにとって、残忍なまでの勇猛果敢を美徳とする戦時中のドイツは生きづらい環境だった。

 

イマジナリーフレンドのヒトラーは、そんなジョジョを激励し、自己否定に走りがちな彼の精神にナチスという強固な骨格を与え、第三帝国の礎たる立派なアーリア人というアイデンティティを確立し、過酷な状況に脅かされる繊細な心を守る防波堤の役を担う。

 

ただし、そもそもジョジョを虐げ無邪気な気質を窒息させる異常な風潮の元凶がヒトラーその人である以上、この歪な信頼関係は悪辣なマッチポンプに過ぎないのだが。

 

そしてそれは現実を否定し歪曲する色眼鏡によるごまかしであり、現実と向き合う真の強靭さを育み自立を促す幼年期特有の試練からジョジョを遠ざけ、本来ありうべき伸び伸びとした人格の成長を阻害している。

 

最終的にジョジョは、ユダヤ人少女との交流や愛する母親との悲劇的死別、上官の命がけの温情など、残酷だが同時に真正でもある現実世界との接触で培った自我で、頭ごなしに外挿されたナチスの思想の権化であるイマジナリーフレンドのヒトラーを文字通り一蹴のもとに討伐し、自立した一個の人間として辛い現実世界に対峙する勇気を獲得する。

 

本作にヒトラー本人が登場しないのは、当時のドイツを実質的に支配し抑圧していたのがヒトラーという一個の人間ではなく、ドイツ国民それぞれの頭の中に巣食ったイデオロギーだったという暗喩なのだろう。

 

ジョジョはそれが行き過ぎてヒトラーのイマジナリーフレンドを生み出すまでに至ってしまったが、この時代、程度の差はあれ、誰の頭の中にも、有形無形のイマジナリーフレンドのヒトラーが存在していたのだ。

 

そのイデオロギーヒトラーの幻像にまで結実させたジョジョは、幼さ故の素直さもあって、特にイデオロギーに強く呪縛されたが、同時に実体を捉えがたい抽象概念であるイデオロギーを具体的な人物像に想像力を使って置換したことで、彼を蹴り飛ばして家から追い出すという象徴的行動により、厄介なイデオロギーの総体からきれいさっぱり脱却することに成功している。

 

本作では、ジョジョが脱却したイデオロギーに最初から囚われず、各々の立場で全身全霊を尽くし、信念を貫いた人々の勇気ある生き様も活写されている。

 

反体制運動に身を投じる不屈の魂と優しさを併せ持った美貌の母親ロージーや、明晰に現実を認知しジョジョを妄想から解放する先導となるユダヤ人少女エルサもそうだが、ジョジョが所属するヒトラーユーゲントの指導者である傷痍軍人キャプテンKも特別な存在感を放って目を惹かれる。

 

言明はされないが、彼は当時のドイツでは迫害の対象であったゲイで、部下と恋仲にあることが劇中の様々な描写で示唆される。

 

当然、優生思想の権化たるナチス体制下で、一介の軍人である彼がゲイのアイデンティティを公にして無事に済む場などあるはずもないのだが、最後の最後に彼はそれをやってのける。

 

遂に街に攻め込んできた連合国軍を、キャプテンKは、華美で奇抜なオリジナルデザインの軍服で身を包み、恋人とともに大音響でラジオを流しながら迎え撃つ。

 

大仰な羽飾りをあしらった大時代的な帽子と、どう見ても動くには邪魔で格好の的になりかねない真っ赤で長ったらしいフリンジを袖からなびかせたどぎつい装飾の軍服は、ゲイのアイデンティティの表現様式の一つであるドラァグクイーンの、女性性を過剰に強調したメッセージ性の強いファッションスタイルを想起させ、その突撃シーンは、生まれ持った個性を抑圧する理不尽な現実に正々堂々と立ち向かう勇姿として、神話の名場面のような荘厳な雰囲気さえ漂わせていた。

 

ビートルズのヒット曲を、ヒトラーに熱狂する群衆のシーンにかぶせてくるなど、故意に時代考証を無視した演出がたびたび登場するが、人々を狂気の行為へ駆り立てるイデオロギーという悪霊の跳梁跋扈は、時代や国境や人種を超越した全人類文明の底流で息づく、根深いブームやモードの一種であるという意味だろうか。

 

10歳の少年にできたことが何よりも難しい自分がもどかしくなる、色々と考えさせられる映画。

 

ジョジョの親友ポジションにあたるヨーキーのゆるキャラ感がすごい。

 

彼が特攻させられた時が、本作で一番ハラハラした場面だった。