ざっくり雑記

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本『クネレルのサマーキャンプ』

 

どんな本?

イスラエル生まれのクリエイター、エトガル・ケレットの短編集。

 

ジャンルはSFからファンタジー、歴史ものから小話まで多岐に渡り、突拍子もない設定や展開が目立つが、何気ない日常の出来事を題材とした作品もある。

 

感想

短い作品は4ページにも満たないが、どの作品も印象深く、読中・読後に考えさせられる内容ばかり。

 

説明不足や尻切れトンボで読者に欲求不満を抱かせるわけでなく、かといって微に入り細を穿つ詳述で読者の主体性を削ぐわけでもない、絶妙に調節された情報量の塩梅は、読者に程よく心地よい思索と想像の余地を提供してくれる。

 

簡潔な記述に死や別離といった重厚なテーマを織り込みつつ、非常に乾燥した筆致の風味は清浄で爽快であり、砂漠の砂を思わせる。

 

普遍的な人間の本質を掘り起こし、心理の核心を捉えて浮き彫る表現は、日本人には馴染みの薄いイスラエルの文化や歴史を色濃く反映した作品であっても身につまされる。

 

突拍子もない設定や展開を短い文章に詰め込むと気忙しい作品になりそうなものだが、本書に収められた作品についてはそんな感覚は覚えず、むしろのんびりと日向ぼっこをしながら風景を眺めているような、不可思議にリラックスした気分に浸れる。

 

訳者あとがきで、作品を指して「スケッチ」という言葉が出て来るが、世界をありのままに記述するだけで、特定の感想を読者に強要しない「スケッチ」風の類まれな技巧は、読んでいて気楽であり、肩ひじ張らない開放感がこの不可思議なリラックスの源なのかもしれない。

 

終わりに

世間に氾濫する感動や興奮を強迫する創作物の荒波に辟易し消耗した手合いに、充実した息抜きの時間を与えてくれる本。

 

気楽に読めるのに深く考えさせられもし、何より目が離せない引力もあるという創作物にはなかなか出逢えず、たまさか本書に辿り着けたのは幸運だった。

 

また疲れたら読み返したい。

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クネレルのサマーキャンプ