ざっくり雑記

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本『GO WILD 野生の体を取り戻せ!』

 

どんな本?

文明の進歩は人類に輝かしい繁栄をもたらしたが、同時に繁栄と表裏一体の厄介な災厄も産み落とした。

 

野生が秘める力から、文明が産み出した厄介な災厄を解決する糸口を見出すべく、有史の枠を遙かに越えた太古の自然に知恵を求めた、悠久の時を越える温故知新の書。

 

感想

「進化」とか、「進歩」とか、「進展」とか、先へ先へ「進む」ことを至上とする頑なで単純なドグマに基づき、近代世界の繁栄は長足の発展を遂げた。

 

だが近年は、当たり前の自明の理とされてきた、後顧なく前進一辺倒で猪突猛進する繁栄のスタイルを疑問視し、科学的な検証のふるいにかけて見直しを図る思想が勢力を拡げ、主流の座に迫り、地歩を固めつつある。

 

本書はその潮流に与する一冊である。

 

本書の主張は、温故知新(故きを温ねて新しきを知る)という概念に集約される。

 

民間の宇宙船が大気圏を突き抜け、コンビニの棚には世界中の珍味が日替わりで溢れ、地球の裏側の庶民のつぶやきが光速のネットワークに乗って瞬く間に世界中に拡がり、人間の一生では到底消費しきれない膨大なコンテンツが手の平サイズの端末でただ同然のコストで楽しめる、そんな夢のような時代に我々は生きている。

 

だというのに我々は、何を食べ、何を思い、どのように生活すれば健康に生きられるのか、最も重要で身近な人体の活用法について、まったくわかっていないのだ。

 

それどころか現代人は、かつてなかった新たな病まで招来し、本来幸福な期間の延長であったはずの長寿がもたらした長い晩年は、不治の慢性疾患に苦悶する、地獄の前借りに等しい拷問の時節となっている。

 

新しい薬剤や治療法が日進月歩の凄まじい速度で開発され、医療が著しく進歩しようとも、やすやすと病苦はその上を行き、地球全土津々浦々の老若男女の心身を冒し続け、勢力の拡大は留まるところを知らない。

 

それもこれも、我々が人類本来の生態=野生を無視し、がむしゃらで無軌道な進歩の暴走を許してきたからだ。

 

野生と野蛮を同一視して、生活から徹底的に野生を排除する無分別な取り組みを、我々は「文明」と称し、愚かにも、多大な労力と犠牲を払い、猛烈に推進してしまった。

 

ホモ・サピエンスの種としての歴史だけでも数百万年、生命全体の歴史に至っては数十億年という気の遠くなる悠久の時を費やし、数え切れぬ命がけの試行錯誤を重ねてロールアウトした、現行生命の精妙な仕組みを、生命の尺度からすれば、歴史と呼ぶのも憚られる、たかだか一万数千年の人類の歴史が、昨日今日ぽっと出た「文明」などという浅薄な基準で、正確に理解し適切な評価を下せるはずがない。

 

まだしも原始社会の人々は、己の理解を遙かに超えた精妙な生命の仕組みに畏敬をもって接し、その精華である心身にたゆまぬ関心を寄せ、その理を読み解き、理の命ずるところに忠実に従い、生命を的確に運用した報酬として、健康と幸福を享受していた。

 

だが、幼年期の科学が、その幸福な主従関係に終止符を打った。

 

科学は理を明確に可視化したが、同時に科学の及ばぬ領域を暗く見えざる不可知の洞窟に押し込んだ。

 

科学がもたらした画期的な功績の数々が素晴らしかっただけに、その輝きに目が眩んだ人々が陥った、科学万能主義の闇はなお濃く深い。

 

科学万能主義に則れば、科学に解き明かせぬ理など有り得ない。

 

だがこの万能は、幼児が抱く無根拠な万能感と同根に発する。

 

つまり勘違いだ。

 

その勘違いは、科学が解き明かした僅かな理だけで広大無辺の世界を説明し、運用するという無理を招いた。

 

だが、無理を通して道理を引っ込めたところで、真理は微塵も揺らがない。

 

真理をないがしろにした無理の報いは恐ろしい災厄となって人類を襲う。

 

本書は、野生を題材にしているが、本質は科学の成長を描いた書だ。

 

迷信と伝統を混同して、一緒くたに排除する短絡思考に陥っていた幼年期の科学から脱却を図り、温故知新の基本に立ち返った冷静沈着な科学が野生と和解する一連の流れを追っていく。

 

本書を、未来志向一辺倒の旧来科学の反動が行き過ぎた、不当な野生礼賛の書と解釈する向きもあるだろうが、たとえそうだとしても、これまで等閑視してきた生命の既存の在り様に着目し、科学の地平が前向きの未来だけでなく、後ろ向きの過去にも無限に開いていることを明らかにした慧眼は、掛け値なしの賞賛に値する。

 

宇宙開発に対する深海探査のように、頭上に広がる無限に対し、足下で支える無尽もある。

 

中でも人体は、宇宙が悠久の歴史を費やして丹念に構築した、珠玉の無尽である。

 

この無尽の性能を十分に引き出すことはおろか、故障しないよう平穏無事に扱うだけでも、我々が誇る「文明」の手には余る難事だと、日々人々を苛む高血圧や高血糖高脂血症が証明している。

 

人類に遺された最後のフロンティア、という定型句は、絶滅に瀕する旧来科学の幼稚な万能感の残滓に過ぎず、実際のところ、科学は世界の解明に先鞭をつけたばかりで、フロンティアではない領域を探す方が難しいありさまだ。

 

本書を読んで、人体の構造や生理機能について、新旧の知見を統合したバランスの取れた知恵を獲得できたと自惚れては、再び幼稚な万能感に酔う愚を犯している。

 

野生は宇宙や深海よりも広く深い謎に満ち溢れており、ひたすら平身低頭して教えを乞う、永遠の尊敬に値する教師だ。

 

これからの科学、というか正しい科学に必要なのは、莫大な研究費用でも、常軌を逸した突飛な発想力でもなく、ただただ天然自然に教えを乞う、謙虚の姿勢であるというのが、本書から得られる最大の教訓だ。

 

終わりに

文中で頻繁に引用される『BORN TO RUN 走るために生まれた』を併せて読むと、椅子に座っていることが耐え難く、いよいよ家の中でじっとしていられなくなる。

 

hyakusyou100job.hatenablog.jp

 

本書の著者の既刊、『脳を鍛えるには運動しかない!』に言及する場面も多く、こちらも併せて読みたいが、なぜか縁が無く、いまだ読めていない。

 

 

名著への数千円の出費もはばかられる貧窮でも、自分の体で遊ぶには十分だ。

 

とはいえ、どんな遊び道具も、長く安全に遊ぶには適切なケアが欠かせない。

 

本書のおかげで、今少し長くこのおもちゃで楽しめそうだ。