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ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

 

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります(字幕版)

ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります(字幕版)

  • 発売日: 2016/09/02
  • メディア: Prime Video
 

 ニューヨークのアパートの一室に居を構える画家の夫と教師の妻の老夫婦(とワンちゃん一匹)。

 

眺めはもちろんのこと、長年暮らした街の住み心地も良く素晴らしい物件なのだが、部屋がエレベーターのないアパートの上階にあり、足腰が衰えてきた二人には上り下りが辛くなってきていた。

 

暮らしやすい住居への引っ越しの資金確保も兼ねてアパートを売ることにした老夫婦が、売却に絡む厄介なやり取りや周辺の騒動に心乱されながらも、長年暮らした住居とそこで営まれた人生の悲喜こもごもを振り返り、改めてその良さに気づくまでの心の変遷を丁寧に描いた映画。

 

不動産業者の姪に物件売却の仲介を依頼したところ、購入当時は二束三文だった物件の需要は、ニューヨークの発展に伴い天井知らずに上昇しており、最終的に100万ドル近くの価格を提示するオファーまで出て来る。

 

エレベーターもない築数十年の中古アパートの上階の一室に100万ドルもの価格が付くというのは、日本の相場感覚からすると法外な高値に映る。

 

その物件価格高騰に拍車をかけている一因ではないかと目されるのは、何万ドルもの物件の売買を数時間単位の入札方式で切り盛りする不動産ブローカーの存在だ。

 

高額の手数料を手に入れるために、手練手管を駆使して買い手の購買意欲を煽り、物件の価格を抜け目なく吊り上げる不動産ブローカーたちの騒々しく厚かましいやり取りには、渦中の物件を所有する老夫婦はもちろん、見ているこちらまで辟易してくる。

 

アパートの内覧会で、まだ他人の家なのにすでに購入した体で好き勝手に家中を荒らしまわる見込み客の荒波は見ているだけでストレスフルだが、いらだちを通り越して呆れかえるモーガン・フリーマン演じる画家アレックスと、内覧会に来た母親に連れてこられた娘で、年齢不相応な達観した物言いをするゾーイの、大人たちの狂乱を端的なユーモアで切り捨て、見落とされている些細だが本質的な価値をそっと掬い上げて愛でる、静かで落ち着いたやり取りが一服の清涼剤になっている。

 

「住めば都」、メーテルリンクの「青い鳥」、「大山鳴動して鼠一匹」といったありきたりの慣用句で趣旨を要約できそうなエンディングに目を見張る意外性は無いが、住居や街には、需要や利便性に基づく金銭的価値だけでなく、年月を経ることで、住人の生活との相互作用が育み培う、人生と切り離しがたい心情的繋がりもあると気づかせてくれる。

 

お金や地位や名声といった、社会でもてはやされている画一的な価値観にいいように翻弄され、どこか浮足立った不安定な気分にあるとき、もう一度地に足を着け、自分にとって本当に大切な、独自の価値観は何かと問い直す、冷静沈着な心持ちの水底へ導いてくれる錨のように身を任せられる一作。