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本『死物語 上』

どんな本?

化物語モンスターシーズン最終章上巻。

 

下巻の感想はこちら。

 

hyakusyou100job.hatenablog.jp

 

 

死を超越した怪異の王族たる吸血鬼を冒す死病が、忍野忍こと旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの親筋に当たる、デストピアヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターを死へと誘う。

 

血族の絆でデストピアの窮地を察した忍野忍と、その主従たる阿良々木暦は、盟友の命を救うため、かつてキスショットの前身が滅ぼしたアセロラ王国(仮)を目指し、コロナ禍によって断絶した海を越え、ヨーロッパへ渡る。

 

感想

死物語という字面で、「しにものがたり」かと思っていたが、よくよく読んだら「しのものがたり」で、今作のメインを張る忍野忍の名前に掛かっていた。

 

時間軸も時系列も次元も無視し、メタ発言が当たり前のように自由自在に飛び交う独特の世界観は今作でも絶好調。

 

時系列では、前シーズンのオフシーズンの過去に当たるモンスターシーズンだが、昨今のコロナの惨状を物語の背景とテーマの中核に色濃く取り入れた、リアルタイムの世相を反映した新鮮な内容となっている。

 

コロナ関連の情報を色濃く取り入れすぎて、体感としては文中の八割方が、コロナの知識や感染対策、社会生活や国際情勢の変化の情報で占められ、さながら国が発行した白書の様相を呈しており、物語の本筋の容量自体は少ない印象。

 

とはいえ、暦と忍の掛け合い形式で進むコロナ情勢の解説は、非常に面白いだけでなく分かりやすくまとまっていて、復習にはもってこいの内容になっている。

 

今となっては日常に馴染んでその一部となってしまったコロナだが、こうやって表現力と語彙力と構成力に優れた作家の手で文字に起こしてもらうと、いまだ全容の掴めぬ深刻な脅威と、広範な対策を要する厄介さ、そしてニューノーマルという言葉で総括される社会の大規模な変容が再認識でき、緩みかけていた警戒心が改めて引き締まる。

 

TV、インターネット、SNS、新聞、政府広報、あらゆるメディアがコロナの情報を途切れなく怒涛の勢いで供給し、いやが応にも受け手にならざるを得ない立場として、コロナについてはそれなりの知識を有し、最適には及ばずとも的外れにはならない程度にはパンデミックに対処できていたつもりだが、本書を読むと、それは過信であり、悪くすれば実情からかけ離れた誤信であったと思い知らされる。

 

数百年を閲し、太陽を克服した吸血鬼ですら、目に見えぬ感染症には最大限の警戒を敷く世の中なのだから、定命の凡夫は用心するにしくはない。

 

終わりに

声に出して読みたい吸血鬼の名前ランキング殿堂入りのお二方(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードデストピアヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスター)の名前が事あるごとに紙面を飾り、読んでいて小気味いい。

 

物語の最後に描かれる二つの卒業は、晴れがましくも切なく、シーズンの最終巻を締めるにふさわしい。

 

『死物語』の題名通り、死を招く感染症をテーマとした本だが、死の精細な描写は、対置する生の解像度も鮮明にする。

 

生に倦みやすい現代社会では、生の復権を図り、その価値を声高に謳おうとも、効果のない過剰供給に陥ってしまう。

 

空腹が最高の調味料と言われるように、死こそが生に価値を与える逆説的真理に思いを馳せずにはいられない死の物語。