ざっくり雑記

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ゲーテとの対話

ドイツが生んだ稀代の文化人ゲーテと、彼に心酔する学士エッカーマンの交友の記録。

 

掛け値なしの尊敬の念と怒涛の賞賛の数々が、読者を食傷させかねないレベルで日記形式の膨大にして詳細な記録に飽和している。

 

欣喜雀躍とした喜悦が行間紙背ににじみ出るゲーテへの惜しみない賛辞の膨大な記述は、抑制のきいた厳粛な筆致であるにもかかわらず、現代における、推しのアイドルに入れ込むファンの常軌を逸した熱烈な愛情表現と通底する、狂気にもほど近い尋常でない熱量の情熱を彷彿とさせる。

 

エッカーマンの実際の境遇は、その崇敬の本尊たるゲーテの寵愛を得て、何年にもわたり自宅に招かれて毎日のように活発な談義に花を咲かせるという破格の待遇を受けていたのだから、舞台の下からアイドルを仰ぎ見たり、年に数回の握手をするのが関の山のファンとは比べ物にならない幸福感に包まれていたに違いない。

 

一流の文化人であるゲーテと、彼を取り巻くこれまた一流の文化人たちのコミュニティーとの濃厚な交流を経て養われた豊潤な教養と、隙なく見事に鍛錬された文筆の作法が、文体に格式高い礼節を与え芳しい気品を醸しているが、心酔するゲーテとの交流に心底有頂天になっているエッカーマンのマグマじみた熱狂の余熱は凄まじく、高い格調の分厚い殻を破ってそこかしこから溢れ出している。

 

分量が多く、かつ内容が濃いため、読解に要するカロリーが高く読書の進行は遅々とし、購入から優に数か月がたつというのに、やっと中巻を読み終えたところ。

 

本来なら3巻読破した暁に、まとめて感想を投稿するつもりだったのだが、ここにきて対話が衝撃の展開を迎えたので、ここで一旦感想をまとめることにした。

 

以下ネタバレ注意。

 

なんと中巻の最後でゲーテ死亡!

 

上中下巻の三部構成において、分量的に最も分厚い下巻が丸々一冊残っているのに、当の対話の主役が早々と退場してしまった。

 

まさか少年漫画のようにゲーテが生き返りパワーアップ(?)して再登場する展開がこの後に控えているはずもないが、週刊少年漫画の最終ページ並に続きが気になってしょうがない効果的な引きであり、この巻の区切り方には、読者の興味をくぎ付けにする狙いを込めた出版側の、外連味溢れる意図的な作為があったのではと穿ちたくなる。

 

続きが気になるものの、本書を一巻分読み切るのには相当の気力を消耗し、回復にも時間を要するため、手を付けるにもそれなりの覚悟とインターバルがいる。

 

しばらくは他の積読本に浮気して英気を養ってから本腰を入れて挑戦できる時期の到来を気長に待つことにする。

 

エッカーマンゲーテへの入れ込みようは徹底しており、亡くなったゲーテの遺体と最後の対面を果たす場面では、永劫の別れを惜しみつつ、彼の遺体の容姿まで表現豊かな美辞麗句を凝らして、まるで一級の彫刻でも鑑賞しているかのように褒めちぎっている。

 

当時のドイツの文化では親しい人間の死にあたり、故人の生前の業績や人柄だけでなく、遺体の容姿も褒め称えるのがごく一般的な礼儀や慣習だったのかもしれないが、それでもここまで恭しく美々しい賞賛を捧げるだけの表現力と故人への深甚な崇敬の念を併せ持った人間は稀であったのではないだろうか。

 

ゲーテ死亡という衝撃的な展開を受けて下巻がどのような内容になるのか、全く予想がつかず、期待と不安が入り混じった気持ちになっている。