ざっくり雑記

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進化は万能である

ダーウィンガラパゴス諸島の生態系の観察からインスピレーションを得て、入念な検証の末に完成させた進化論が、生物の生態という狭い分野だけでなく、生物の他の機能や、文化やテクノロジー、経済や宗教、政治やインターネットなど、より一般的な広い領域にも適用される汎用的な概念であると同時に、ボトムアップな現象である進化によって自然淘汰の末に導かれた結果が、トップダウン式のデザイン思考によって設計された頭でっかちな計画の結果よりも優れていることを、豊富なデータや事例を引用し証明しようとする一冊。

 

例えば文明社会におけるトップダウン式の現象の代表的な例は政治だが、一部の政治家や官僚集団が、特定の問題に対し、凝り固まったイデオロギーや特殊な理論に基づいて計画実行した政策は現実の状況を十分に反映していないばかりか状況の変化に追随する柔軟性を欠き、行き詰って失敗するか、むしろ事態を悪化させる場合が多いのに対し、一方で民間の草の根的な泥臭い試行錯誤による対策は初期には粗野で散発的でまとまりがなく失敗の連続に見えるものの、最終的には見事に洗練され集約し有効に機能して問題を解決する場合が多いことを、歴史上の様々な事実が物語っている。

 

本書の主張に触れると、政府のような大規模な計画を実行する集団や歴史を変える天才や偉人という存在だけが歴史をより良く発展させられる、という先入観が、科学的根拠に乏しい暗黒時代の妄想のように思えてきて、無政府主義や庶民を主役とした原理民主主義に傾倒したくなる。

 

ただ、本書ではトップダウン式の思考や活動について、それらが引き起こした失敗や惨劇を引き合いにして批判的な論調を一貫して緩めないが、そのトップダウン式の思考や活動もボトムアップ式に自然淘汰の末に定着した人類の性向の一つであるのは疑いなく、本書に通底する、トップダウン式の反自然的性向を克服すべき悪癖として口酸っぱく糾弾する厳しい雰囲気はいささか胃にもたれる感もあり、バランスの取れた味付けが恋しくなる。

 

そもそもボトムアップの重要な要素である試行錯誤の「試行」にあたる部分には、仮説を立てて実験するというトップダウンの思考も重要である。

 

ただただ盲目的にランダムな対処をひたすら積み上げて、その中からうまくいったケースだけを抽出するという形式の試行錯誤もあるが、そういう総当たり式のやり方が非効率なのは自明であるし、安全が当たり前になった現代ならともかく、危険が日常であった原始の頃に、一つしかない命の元手では、そんな贅沢な全賭けは望むべくもなく、無限の選択肢の中のどれに貴重な命を賭けるべきか、トップダウン式に入念に計画しなかった人々が、ボトムアップ式に自然淘汰された結果が、現代のトップダウン式の性向の隆盛の基礎となったのだとすると、トップダウンばかりがやり玉に挙げられて集中砲火の的にされるのは少しかわいそうな気がする。

 

トップダウン式の、反自然的な計画の無謬性と万能性が大いなる誤解であったことを、正確な歴史認識を通じて科学の見地から理性的に反省する一方で、適用範囲が拡張されたボトムアップ式の進化の有用性と堅実な実績に正当な評価のスポットライトを当てる契機とするには充実した内容の一冊。