ざっくり雑記

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シリアで猫を救う

 

戦火に苛まれるシリアで有志の救助活動に携わる男性が、戦争被害にあえぐ人間だけでなく、戦争の影響で捨てられたり虐待されたりした猫たちも救助する勇敢な慈善活動と、彼に救われた愛らしい猫たちを保護すべく創設された「サンクチュアリ」という施設での日々を、本人のインタビューをもとに克明につづるドキュメンタリー。

 

日本でも散発的にシリアでの戦争の情報の断片が報道されるが、なかなか踏み込んで語られない、その悲惨な現状と経緯が詳細に記述される。

 

シリアでは戦争が、忌み嫌われる惨禍ではなく、嫌でも馴染まねばならない日常と化してしまっている。

 

本書の主役であるアラー・アルジャリールは、戦争が起こるまでは、古都アレッポ救急救命士を目指す一市民だった。

 

シリア社会では救急救命士の仕事を得るには特別なコネクションが必要で、アラーは必要な資格は持っていたものの、望む仕事に就けないでいた。

 

皮肉にも、シリアの戦争が激化することで彼の夢は望まない形でかなってしまう。

 

戦火が拡大すると、政府軍やロシアの激しい攻撃を受けるアレッポの救急体制は崩壊した。

 

爆撃などによって負傷し、身動きが取れなくなった大勢の人々は、救助されることなく爆音と瓦礫と粉塵の巷と化した路傍に放置されるようになってしまった。

 

そこでアラーは自前の車を即席の救急車代わりにして、ボランティアの救助活動を始める。

 

酸鼻を極める惨禍の描写がとにかく生々しい。

 

爆撃の衝撃で体から吹っ飛んで行方しれずになった一歳にも満たない幼女の頭を探すために、爆撃機がなおも上空を飛び回る中、自身の命すら危ぶまれる瓦礫の街を駆けずり回る様子は、平和な日本人である自分の頭では字面をなぞるだけでも背筋が凍る凄惨な光景であるが、似たような記述が頻出するあたり、実際に彼が遭遇した修羅場はいよいよ想像するだに恐ろしい数にのぼるのだろう。

 

彼の勇敢な利他的行為は掛け値なく称賛に値するたぐいまれな慈善だが、残念ながらそれだけでは局地的なニュースの域を出ず、世知辛いことに、遠く離れた日本でドキュメンタリーの翻訳が出版されるほど世界中の関心を集めるトピックにはならなかったように思える。

 

彼の活動と世界の関心を結びつけたのは、彼が救助し、世話をするようになった猫たちだった。

 

猫好きの彼の目には、人間だけでなく戦争によって避難した人々に捨てられた猫たちも救助対象として写ったのだ。

 

明らかな大問題である戦争にはせいぜい一瞥をくれるだけなのに、可愛い猫の話となれば途端に食指を動かしがっぷり食いつく世間の現金さには、その現金な世間の立派な一員である自分も含めてはなはだしく遺憾の意を覚えるが、そのおかげでアラーは世界中からSNSを通じた手厚い支援を受けて、救助活動と猫や他のペットの保護活動を続けられているのだから、ひねくれた見方でああだこうだ水を差すのは野暮である。

 

日本では福を招く縁起物の一面もある猫だが、洋の東西を問わず、どうやらシリアでも猫の霊験はあらたかなようだ。

 

古今東西の人類を魅惑する普遍的な猫の魅力を入り口に、混迷を深めるシリア戦禍の中で生活を立て直そうとする市井の人々の切実な努力の諸相に肉迫できる、読みにくいテーマが読みやすく味付けされた一冊。