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江戸のスポーツ歴史事典

江戸時代のスポーツについて幅広く取り上げ、その具体的内容や魅力、運動学的分析、成立の背景や歴史、当時の社会情勢との関連性などについて、豊富な図解と解説を添えてそれぞれの項目を簡潔にまとめた、史料としても読み物としても優れた事典。

 

一口にスポーツと言っても、本書で解説されている「江戸時代のスポーツ」は、現代のスポーツとはやや趣を異にする。

 

それは著者の意図的な区分によるものなのだが、現代のように健康保持や鍛錬、競技性を重視した身体運動の総称というよりは、体の動きを伴う娯楽全般を指し、例えば剣道や柔道、相撲といった現代的な意味のスポーツとしてもなじみ深い種目に加え、お花見や盆踊り、お祭り、歌舞伎や曲芸といったレジャーやエンターテイメントをも含み、果ては広い意味で身体の一部にあたる脳を働かせる囲碁やかるたといった現代でいうマインドスポーツにまで及ぶ幅広い概念を包含する。

 

また、これらの種目は、純粋な運動として種目単体としても楽しまれてもいたが、その普及や成熟は、政治や経済、文化や軍事といった社会情勢との密接な関係性を抜きにしては成り立たない。

 

 

例えば相撲には、鍛えぬいたアスリート同士の迫力ある格闘技術の応酬を間近で観覧する純粋な見世物としての魅力もあるが、当時の興行では力士の勝敗を対象とした賭博も盛んに営まれ、ギャンブル性も備えた複合的スポーツエンターテイメントとして隆盛を極めていた。

 

また、剣道や打毬(だきゅう、ポロのような馬術球技)といった武芸から派生したスポーツは、太平の世における軍事力維持という政治的意図に基づき幕府が武士階層に励行を呼びかけた軍事教練の要素を多分に含んだスポーツであった。

 

スポーツ用品企業が関連スポーツ業界の振興を強力にバックアップして自社の商品の市場を拡大するビジネスモデルのように、他分野との関わりが業界の興隆に大きなウェイトを占めているスポーツは現代でも少なくないが、規制や固定概念が少なかった分、江戸時代のスポーツを取り巻く周辺分野との境界は現代よりも曖昧で多様性と柔軟性に富んでいたようだ。

 

その点、江戸時代のスポーツは現代のスポーツの定義には収まり切らない、様々な業界と渾然一体となった広範で得体の定かならぬ社会現象の具体化した一部分という見方をした方が的を射ている。

 

江戸時代において、あるスポーツの世間の熱狂の度合いを推し量る尺度として、幕府の規制(禁制)が入るか入らないかが目安になっているのが面白い。

 

本書の記述は秀逸で、にわかには馴染みづらい現代とは異なるスポーツの在り方を気軽に、しかし要点を抑えて概観できる。

 

スポーツという概念を時空を超えて大幅に広げてくれる一冊。