ざっくり雑記

ざっくりとした雑記です

本『ロボット兵士の戦争』

どんな本?

近年進歩の著しいロボット兵士の実態と、ロボット兵士が戦争の形式のみならず、人類社会全体にもたらす広範な影響を網羅的に概説する。

 

感想

武器は人類史とともに倦まず弛まず改良(あるいは犠牲者の拡大を考慮すると改悪)されてきた。

 

より安全に、より一方的に敵や獲物を殺せるよう凝らされた工夫の数々は枚挙にいとまがなく、開発されたテクノロジーは日常生活へも溢流し、科学の発展を強力に推進する重要な原動力の一部を担ってすらいる。

 

人類は長年、自分の命は一切危険にさらさず、敵の命を確実に奪う武器を夢に見て、その具現化に心血を注ぎ、そしてそれ以上に血を流した。

 

ロボット兵士は人類が夢見た武器の完成形ではないが、「自分の命は一切危険にさらさず」という理想の半分に当たる部分を満たしており、これまでに人類が実用化した武器とは一線を画する水準に達し、既に世界中の戦場で、地を這い空を舞い海を渡り電子回路網を縦横無尽に疾駆している。

 

ロボット兵士というと、ターミネーターみたいな自律行動可能な高度なAI(人工知能)を備えた人型ロボットを想像するが、実際は形状も機能も役割も多種多彩で、ガンタンクの子供みたいなラジコン戦車から、戦術策定を支援するネットワークシステムまで、その概念が包含する領域は幅広く、カンブリア爆発もかくやの百花繚乱の様相を呈す。

 

本書が本文だけでも600ページを優に越す大著である理由の一つには、ロボット兵士という一見シンプルな概念が包含する膨大な種類の製品の概要を、基本的なスペックのみならず、使用の実態まで入念にリサーチしてリポートしているからだ。

 

本書の解説を参照すると、これでもロボット兵士の全容からすれば、「ほとんど分からない」と評さざるを得ないほど、皮相の説明に留まっているらしいが、製造企業の担当者のみならず、顧客である将校や、現地で運用する末端の兵士にまでインタビューを敢行し、マニュアルだけでは分からない、戦場におけるロボット兵士のリアルな在り様を浮き彫りにしたリサーチ方針は、単純な情報量の多寡では表現しえない、生々しい迫力を文面に与えている。

 

本書は二部構成で、ロボット兵士の概説が前置きとなる一部を成し、いよいよ二部が本領となる。

 

二部では、およそ考えつくあらゆる領域について、ロボット兵士の戦争への導入が具体的にどのような影響を及ぼすのか、安全保障の専門家たる著者一流の視点で調査と考察を推し進める。

 

とはいえ、正直なところ読んでみて内容が頭に入ってこなかった。

 

情報量が圧倒的に多く、私のロースペックな脳みそではまともに処理できなかったというのが最大の理由だ。

 

文体は平明で章立ては秩序立ち、文献やインタビューからの引用を効果的に差し挟み、ともすれば複雑かつ凄惨になりがちな題材の触感を和らげ、理解を助ける工夫が随所に盛り込まれており、部分部分に注目する分には、決してとっつきにくいわけでも難解なわけでもない。

 

にも関わらず読後の内容想起を阻むのは、あまりに議論が多方面に展開し、まとまりを欠くからだ。

 

これは著者の文章力や構成力の問題ではなく、ロボット兵士という、あまりに広範囲に影響を及ぼす超巨大なムーブメントの性質によるところが大きい。

 

軍事的な側面はもちろん、社会、政治、経済、産業、医療、心理、地政、歴史、文芸、科学、宗教、法律、倫理、哲学……挙げていけばキリがない領域に、ロボット兵士は深刻な影響を及ぼし、避けがたい変革を強制する。

 

「軍事における革命(RMA=revolution in military)」という言葉が、ロボット兵士がもたらす影響の大きさを象徴する言葉として頻繁に引き合いに出され、本書の主題を成すが、実際の革命は、「軍事における」という限定に収まらず、広範な領域に及び、むしろ革命されずに済む分野など皆無といってもいいくらいだ。

 

戦争が忌避されるのは、膨大な可能性に満ちた人命や貴重な資源があたら無闇に消費され、生存者にも多大な苦痛を強いるからだ。

 

人類はいまだに問題解決の手段として手っ取り早い暴力行使や戦争の魅力に打ち克てないでいるが、それでも戦争を回避しようと努力し、曲がりなりにもそのうちのいくつかが成功し、決定的な破局に至っていないのは、上記のようなデメリットに対する恐怖がブレーキになっているからだ。

 

ロボット兵士は、このデメリットを戦争から完全に除去する夢のテクノロジーとして大いに期待され、実際に巨大な費用と人材の投資を受けている。

 

だが、夢は夢でも悪夢になりうるかもしれないと、著者は懸念する。

 

人を殺そうとすれば、反撃を受けて殺される可能性があるから、人は争いを躊躇する。

 

だが、ロボット兵士が殺人を代行し、反撃で殺される可能性が無いなら、争いを躊躇する理由は消失する。

 

ロボット兵士の進化は、戦争から恐怖のブレーキを外し、一層の拡大を招くのだ。

 

自分が傷つく可能性が小さければ、人がどれだけ好戦的で残虐になれるのか、小は児童虐待から大は歴史上の大虐殺まで、証拠には事欠かない。

 

映画『ターミネーター』シリーズでは、自我を持つに至った軍用AIのスカイネットが暴走し、ターミネーターの大群を従え、人類を絶滅寸前にまで追い込むが、そこまで高度なAIの登場を待つまでもなく、ラジコンに毛が生えた程度のロボット兵士でも、際限のない軍拡の当然の末路として、人類は破滅の危機に直面するだろう。

 

また、自己改造が可能となったAIの無限進化ループ突入の可能性、いわゆるシンギュラリティが人工知能の研究分野で取り沙汰され、予測不能となる危険性を問題視する向きがあるが、そこに戦争が便乗するのなら、その危険性はいよいよ現実味を帯びる。

 

これらは本書が取り上げた、ロボット兵士がもたらす数多くの危険性の中でも、最も単純で予想も簡単なものの一つに過ぎない。

 

著者は膨大な資料を駆使し、深い考察を添え、来りうる数多のRMAの輪郭を明瞭にして読者に提示してくれるが、RMAの本質は米政府が著明な科学者の助けを借りて結論付けたように不確実性にあり、どれだけ想像力を逞しくしても不測の事態は避けようがない。

 

本書が取り上げた様々な懸念が単なる杞憂で、現在盛んに研究・生産されているロボット兵士が数年後には埋め立て地のゴミの山と化すか、それとも無数のロボット兵士だけが地上を徘徊する人類が絶滅した地球で終わるか、それは誰にも分らない。

 

終わりに

本書の初版は2009年に刊行された。

 

つまり、本書の内容は少なくとも10年以上前の話となる。

 

半導体チップの処理速度が年々倍増していくムーアの法則を考慮すると、当時よりロボット兵士の性能は格段に向上しているのだろう。

 

そして、ロボット兵士を取り巻く環境もまた、その進化の影響を受けて激変しているに違いなく、その変化の度合いは今後も激化の一途を辿りこそすれ、緩みはしなさそうだ。

 

ロボットのAIにはムーアの法則が適用されるかもしれないが、人間の脳みそにはムーアの法則は適用されず、数百万年前にアフリカの平原で実用化されたモデルがいまだに現役であり、今後もAIの進化の速度には追い付けそうもない。

 

アーバンカモ柄のドラえもんにM16で蜂の巣にされる未来が訪れないことを祈りたくなる一冊。

f:id:hyakusyou100job:20210816053322j:plain

来りうる未来