ざっくり雑記

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本『BORN TO RUN 走るために生まれた』

どんな本?

ランニング愛好家のライターである著者が、ランニングに付いて回る足腰の故障を解決する究極の方法を求めて、裸足同然の粗末なサンダルで100マイル以上の険しい山道を平気で走る伝説の民族・ララムリ(「走る民族」の意)が隠れ住むというメキシコの秘境、バランカス・デル・コブレ(銅峡谷)へ、決死の訪問を敢行する。

 

長きにわたる過酷な迫害の歴史と、人の好さと俊足を利用されて搾取された苦い経験から、よそ者との交流を謝絶し秘境に引きこもったタラウマラ族と、グリンゴ(米国人)のライターを結びつけたのは、カバーヨ・ブランコ(白馬)と呼ばれる、ララムリからランニングの秘儀を教わって山間を放浪する、実在も定かならぬ謎のグリンゴランナーだった。

 

ララムリとカバーヨ・ブランコの謎を追う長い道のりの途上で、著者が、これまで当たり前とされてきたランニングの常識を覆す新しい知見と出逢い、現行人類の起源にまで遡るランニングの悠久の歴史に触れ、やがてララムリの精鋭と人類最高峰のウルトラランナーが一同に会し雌雄を決す、世界最高のウルトラマラソンに参加者として立ち会うまでの小説より奇なる顛末が、心躍る筆致で生き生きと綴られる。

 

感想

本書は、ごくまれに出逢える、読者の生き方を変える強烈な影響力を備えた一冊。

 

効率よく速く走る方法を解説するランニングの教本は真砂の数ほど巷に溢れようとも、読むと走りたくてしょうがなくなる本は、どれほどあるだろうか。

 

科学的な分析を加えた具体的な走り方が分かりやすく記載されており、その効果のほどを試してみたいという好奇心が意欲を後押しするのは、他のランニング関連の良書と相通ずる部分であるが、本書が他の本と一線を画するのは、ランニングを単なる健康のための運動やレジャースポーツとしてではなく、究極の幸福の境地へ直結する、人類の本能に深く根差した生活行為の一つとして捉えなおしている点だ。

 

ランニングの結果得られる健康やスマートな体形が、現代社会でもてはやされるステータスとして富や名声を惹きつけて二次的な幸福をもたらすのではなく、ランニングそのものが幸福の源泉であり、ゆえに幸福を希求する原初の衝動に火がついて走りたくなる。

 

ランニングそのものが幸福であるからこそ、何百万人もの人々が、時に数十キロメートルにも及ぶ、益体のない苦行に精を出すのだ。

 

だが一方で、ランニングには足腰の故障が分かちがたく付いて回る。

 

グローバル企業が社運をかけて開発した、最新の人間工学と素材技術の粋を詰め込んだ究極のデザインとクッションの結晶である、数百ドルもする高価なランニングシューズで足を固めても、数キロと走らないうちに膝や腰に我慢しがたい痛みを発症する人々は多い。

 

類まれな知性と莫大な資金を投じた熱心な研究の結果、テクノロジーや走法は膨大な知見を得ているにもかかわらず、状況は改善されるどころかむしろ悪化の一途を辿る矛盾したジレンマに陥っている。

 

ララムリたちが原初の人類より脈々と受け継ぐ一見奇抜な走法が、先端科学が抜け出せずいよいよドツボにはまったジレンマを解消する快刀乱麻となる展開は、多くのランニング愛好家を日夜悩ませる憎々しいフラストレーションが一挙に吹き飛ばされ痛快極まりない。

 

本書のテーマはもちろんだが、読み物としても非常に面白い。

 

本書には様々な側面があり、多様な読者の多岐に渡る感性に訴えかける。

 

現代ランニング理論を根底から覆す知見を丁寧な調査と最新の研究資料の膨大な引用を駆使して分かりやすく解説する優れたランニングの指南書であり、同時に人類史の表舞台から姿を消した少数民族のミステリーを命の危険を顧みず追跡する迫真の社会派ドキュメンタリーであり、そしてランニングに魂を売った生粋のランナーたちが生き様を懸けて鎬を削る真剣勝負の様相を生々しく活写するスポ根ヒューマンドラマである。

 

知性と理性と本能に訴えかける筆致で綴られた多面性の物語の芯には、ランニングという、人類の命脈を数百万年に渡りしっかりと支えてきた大黒柱が聳え立つ。

 

あっちこっちに飛躍するトピックは大黒柱に向かって一つの壮大な物語に収斂し、読者の心身の奥底で何世代にも渡り深い眠りに凍り付いていた原始の衝動を強烈に打ち据え、衝き動かさずには置かない。

 

本書を読めば、走り方は生き方であるとわかる。

 

走り方の起源への回帰を薦める本書は、レジャー的ランニングの充実に寄与するのはもちろん、文明の発達と引き換えに記憶の向こうへ遠ざけてしまった、幸福に生きる天稟の復旧へつながる、寂れ果てた王道を再び拓いてくれる。

 

終わりに

怪しいカルトに入信したての初々しい狂信者が教義の素晴らしさについて語るがごとく、本書の感想は分別に欠けた激賞に終始してしまった。

 

わずかに残された自省の心で読み返せば、気味の悪いことこの上ない感想文だが、たまには一心不乱の没頭に耽溺するのも悪くない。

 

本書を読んで早速ララムリの真似をして近所を1㎞ほど走ったら、ふくらはぎの筋肉痛が翌日から出て、一週間近く歩くのもやっとの体たらくだった。

 

便利な現代生活に髄まで侵された弱体では、メキシコの秘境で日常的にウルトラマラソンに精を出す少数民族の生活スタイルを再現するのは容易ではなさそうだ。

 

だが、遠い道のりにも嫌気がささないのは、人間の根幹にプレインストールされている幸福の源泉から漏れ出るわずかな甘露の旨味を味わってしまい、病みつきになってしまったからだ。

 

クッション性に富んだNIKEのシューズが、ランナーの足の故障を招く戦犯として本書では槍玉に挙げられているが、そのNIKEが、ララムリたちの走法に通じるフォアフットランニングをサポートする画期的なシューズで、主要なマラソン大会のトップランナーたちの足元をピンク一色に染め上げた一連のブームは記憶に新しい。

 

いったんわき道にそれ、迷走していた現代ランニングも、太古の昔に整備済みの王道へと立ち返りつつある風潮には安心感を覚える。

 

願わくば、ララムリたちが世間に舞い戻ってきても、違和感なく溶け込める世の中が実現してほしい。

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老若男女 誰もがウルトラランナーの系譜