ざっくり雑記

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偏頭痛百科

 

 臨床経験豊かな医師が偏頭痛の病態や治療について詳細に解説する。

 

自分が偏頭痛持ちなので、その治療に何か役立つ情報はないかと探して出会った一冊。

 

400ページ近い圧倒的なボリュームだが、これだけのボリュームをもってしても偏頭痛の全体像を記述するには十分ではないと感じさせるほど、偏頭痛という病は底知れない。

 

偏頭痛、という簡潔な単語で表現される、統計的にもありふれた疾患だが、その実態は、多様な症状や原因が恐ろしいほど複雑怪奇に絡み合うフランケンシュタインの怪物をほうふつとさせる、つかみどころのない難病である。

 

偏頭痛、と言いながら、実は頭痛はその中核ではなく、吐き気や腹痛、幻覚や感情障害など多種多様な症候の集合体であり、そもそも頭痛症状がない「偏頭痛」すら存在する。

 

患者ごとに偏頭痛の発現の仕方は千差万別であり、また、同じであっても、一方に有効な治療が、一方には全く効果を発揮しないということも珍しくなく、その多種多様性がこの疾病の診断や治療を困難にしている。

 

数少ない共通点らしい共通点の一つに、たいていの患者では時間経過により後遺症を残すことなく発作が収まってしまう、という回復性があるが、逆にそれが医師をして徹底的に偏頭痛と取り組む真剣みを持ちづらくしてしまう一因になっている。

 

病態も様々ならその原因も一様ではなく、生理的、精神的、果ては社会的な原因が錯綜して、その性質上、決定的な診断や治療手段が確立できない。

 

著者はつかみどころのない難病と真摯に向き合い、たぐいまれな観察力と洞察力を武器に、根気強くその茫漠とした実態とも言えない実態を丹念に洗い出し、診断や治療に取り組んでいる。

 

驚くべきことに著者は、偏頭痛には厄介な病気としての一面だけでなく、患者の中で発生している何らかの問題を解決するシステムが機能した結果、不可避的に生じてしまう随伴症状であるという側面もあるという見方を提唱している。

 

それは例えば、風邪における発熱症状のように、病気の症状のように見えるものが、実は免疫機能を助長する身体の補助的な反応であるのと似ている。

 

ウィルスや細菌などの感染症では、咳やくしゃみ、発熱や倦怠感など、出現する症状の様態には共通するものが多いので、原因と対応させてパターン化もしやすい。

 

だが、人体に起こる問題は感染症だけに限らない。

 

いまだ医学が補足できていない、日々人体を襲う種々様々な未知の傷病を治癒すべく、心身の自己修復システムが働いたときに表面化する随伴症状の集合が偏頭痛であるというのが、著者が取り上げる画期的な説だ。

 

偏頭痛が呈する上っ面の症状だけを手当たり次第に封じ込める医療を行っても、十分に効果が得られないばかりか、なぜか別の症状が出現し、かえって悪化してしまうケースがあるという。

 

これは、なおざりになったままの真の傷病を解決するために、肉体の自己修復システムが、的外れな医療行為によって封じられた機能に代わりに他の機能を代用した結果、それに随伴する症状も変化したのだと考えると自然であり、著者の取り上げる画期的な説を裏付ける格好の事例といえる。

 

これまで偏頭痛は、定期的に襲来して平穏な日常を破壊していく厄介な正体不明の悪者でしかなかった。

 

しかし、本著の読後にはその印象が180度ひっくり返って、むしろこの体の健康を一緒に守る厳しくも頼もしい仲間になってしまった。

 

頑固な固定観念を破壊し、行き詰った自己身体観からの解放をもたらす、稀有の一冊に出会えたのは掛け値なしの行幸だった。