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アリストテレス 生物学の創造 上 下

生物学の始祖と目される紀元前の哲学者・アリストテレスの業績を、現代生物学の視座から改めて検証した本。

 

本書では、アリストテレスが著した生物に関する著書が中心に取り上げられるが、もちろん彼以前に諸々の生物の形相や生態について記述した記録が無いわけではない。

 

ただそれらは、文学表現の小道具であったり、哲学的論考の素材といった用法で、何か別物を効果的に表現したり、哲学的考察の入り口にしたりするための脇役以上の扱いを受けることは少なく、またその扱われ方も客観性や観察を欠いた不適切で不正確なものが大半だった。

 

それら先人の事績を差し置き、アリストテレスが生物学の創造者として後世の生物学者たちの重要な模範となりえたのは、彼が生物の記述において、それらを主役として据え置いただけでなく、当時の科学水準からすれば飛び抜けて客観的な視点から観察、分類、記録といった学問的処理を施し、曲がりなりにも体系化の兆しがうかがえる詳細な記述を膨大な分量で書き遺したからだ。

 

著者はアリストテレスの著述が生物学の一大分野の創造に果たした偉大な功績を称えつつも、同時に現代科学の水準からするとお粗末と断じて差し支えない内容の誤りや事実誤認、用語の混乱、支離滅裂な矛盾する記述の頻出、迷信や信仰に囚われた非科学的な考察や憶断、全容の把握を困難にしている粗悪な構成など、のちの生物学の学徒を惑わせ、学問の発展をかえって妨げる要因ともなった欠点に、冷厳な科学者らしく遠慮会釈なく批判を加える。

 

ただ、時代背景を考慮したうえでも擁護しきれない筋の通った批判を差し引いても、なおアリストテレスが開拓し筋道をつけた生物学分野における功績がいくらも損なわれるわけではなく、その偉大な灯が投げかける光輝は2000年を閲しても現在にまで悠々と届き、遥か未来まで明るく照らし出すまばゆいばかりの光量を誇っている。

 

アリストテレスが偉大だったのは、そのたぐいまれな観察力や徹底した洞察、師と袂を分かつもためらわない確固とした信念、膨大な情報に労を惜しまず検証を加え余さず記録するバイタリティもさることながら、何よりも生物に代表される神羅万象への無尽蔵の好奇心にある。

 

彼の目に映る世界はまさしく汲めども尽きぬ驚異が氾濫する宝の山だった。

 

アリストテレスの生物学的研究の主要な拠点となったレスボス島を著者も訪れ、アリストテレスの著作の記述を参照しその足跡を辿っていく。

 

読者も著者の卓越した知見と豊かな感性を媒介にして、アリストテレスを魅了した世界の驚異をより精細に、より明瞭に追体験できる。

 

本書自体が、アリストテレスを始祖とする生物学者という特殊な生物群の生態を詳細に記録した、生物学的研究の一種と看做せるかもしれない。

 

アリストテレスや彼の末裔たる生物学者という生物の生態の実態を知ることで、彼らの世界観を取り込み、より奥深い世界の魅力に至る入り口の鍵を開けてくれる本。