映画『ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男』
どんな映画?
ヒトラーを殺し、その後ビッグフットを殺した男の映画。
以上。
感想
題名がストーリーを過不足なく完璧に説明している。
極限まで無駄を削いだ簡潔な筋書きと演出のおかげで、骨太い骨格の見事な威容を雑味無くストレートに味わえる。
主人公である退役軍人のカルヴィンの複雑怪奇な人生の顛末と情感を、冗漫の罠に陥らずにスリムに描けたのは、脚本や演出もさることながら、サム・エリオットという役者の、目立たずに目を引き、喋らずに語る、静謐にして重厚な演技によるところが大きい。
ヒトラー暗殺とビッグフット討伐は、掛け値なしの救世の偉業だが、その偉業達成のために彼が犠牲にした個人的な幸福や平穏とはけして釣り合わない。
任務は成功するでしょう
でも我々は――呪われた
カルヴィンの回想の中で、ヒトラー暗殺の成否を、ロシア人の現地協力者が髭剃りの出来で占うが、死と失敗の啓示が下される。
ロシア人協力者はインチキしてその結果を覆すが、そのインチキの代償について告げた上記のセリフが、カルヴィンのその後の「呪われた」人生を暗示する。
ライフワークバランスが破綻した男の悲哀が全編に満ち満ち、観ていて痛々しくもなるが、ゆえにカルヴィンの追憶や夢に現れる、大義の犠牲となったかつての幸福の残影の煌めきが際立つ。
アクションシーンは、緊張感を削ぐような余計な間や演出を一切排したテンポの良い展開で、要点をしっかりと抑えており、軽快ではあっても軽薄ではない。
特にビッグフット討伐にかかる急激な場面転換は、不意打ちで横っ面をひっぱたかれるような突然の衝撃を観客にもたらす。
ここから先は一瞬も目を離せないぞ、というあからさまな転調に込められたメッセージで、カルヴィンVSビッグフットの死闘の小気味良い緊迫感に、観客の心情をスムーズに導入する手際は秀逸の一言。
終わりに
野暮ったい題名や荒唐無稽なストーリーからしてそうだが、ヒトラー暗殺に用いられる007の黄金銃をオマージュしたと思しき組み立て式の拳銃やら、チープな着ぐるみ感バリバリのビッグフットやら、B級映画を象徴する安易なアイデアの使いまわしや低予算を匂わす要素には事欠かない作品だ。
にも拘わらず、視聴後の満足感はA級作品に勝るとも劣らないのは、人物造形のディテールが非常に稠密で奥深く、かつその描写に配慮が行き届いているからだ。
B級映画的な粗雑な物語背景や小道具は、登場人物の繊細な心情描写の対比物となり、著明なコントラストのギャップを生み出す演出装置として大きく貢献し、物語の主題である、哀愁に彩られた人生模様の機微に視聴者を深く没入させる強力な後押しとなっている。
B級映画の皮をかぶった本格ヒューマンドラマの傑作として、期待以上の満足感を得られる、お値段以上の逸品。
ふと我が身を省みると、ライフかあるいはワークに人生を「呪われ」てはいまいか怖くなり、髭を剃る手にも力が入る。