ざっくり雑記

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本『このゴミは収集できません』

 

どんな本?

お笑い芸人にしてゴミ清掃員である著者が、ゴミ清掃業界の知られざる驚異の実態をコミカルにつづる。

 

感想

ゴミは日常生活から毎日のように発生する非常に身近な物だが、これほど日常生活から可能な限り迅速に排除したい厄介物も無い。

 

そのゴミを収集し、処分場へ運搬するゴミ清掃業は、社会にとって必要不可欠なエッセンシャルワークの一つだが、その実態については意外と世に知られていない。

 

ゴミ清掃業に限らず、どの業界も多かれ少なかれ部外者からはうかがい知れない内情というものがあるが、その多くは、接点が少なく、知名度が低いことに由来する。

 

だが、ゴミ清掃業者との接点は決して少なくなく、知名度が低いわけでもない。

 

ゴミを出す人間、つまりすべての人間が日常的にお世話になっている仕事であるにも関わらず、なぜこれほどまでにゴミ清掃業について我々は無知なのか?

 

本書の面白さが、ゴミ清掃業そのものの特異性と、お笑い芸人である著者の独特の視点やコミカルな語り口に由来するのは確かだが、大前提としてこの無知の存在も無視できない。

 

身近なのに無知というギャップが好奇心を駆り立て、本書の素の面白さを何倍にも高め、読者の興味関心を後押しする。

 

ゴミ清掃業に関する無知は、突き詰めるとゴミに対する無関心に端を発する。

 

ゴミとは不用品であり、一刻も早く身辺から排除したい厄介物だ。

 

不要で厄介なものに、格別の関心を払いたい人間など居ない。

 

「なぜこれほどまでにゴミ清掃業について我々は無知なのか?」という自問に自答するなら、回答は「ゴミ清掃業というか、ゴミについて考えたくもないから」となる。

 

業界裏話の定番である苦労話の中には、こういったゴミを出す人間のゴミに対する無関心や忌避の心情に起因するものがある。

 

分別をしなかったり、していても間違っていたり、粗大ゴミを手続きしないで出したり、事業ゴミを家庭ゴミ用の集積場に不法投棄したり、指定の時間に遅れたのに嘘のクレームで取りに来させたり、その内容は多岐に渡るが、どれもこれもその根底にはゴミに対する無関心と忌避の心情がある。

 

皮肉というか当然というか、ゴミの出し方にはそういった人間の汚い部分も露骨に出てしまうようだ。

 

ゴミの内容や出し方から、ゴミを出した人間の人となりを推察する著者のゴミプロファイリングの恐ろしいまでの精度と深度は、テレパシーさながらに犯罪者の心理をつまびらかにするFBI捜査官のプロファイリングや、心理ゲームで無双するメンタリズムにも引けを取らない。

 

常日頃からネタの蒐集に余念のないお笑い芸人である著者の観察力が鋭いのもあるが、ゴミにはそれだけ人間性が赤裸々に表れてしまうという証左でもある。

 

そして、人間性を映すゴミは、積もり積もれば世相を如実に映し出す鏡となる。

 

かねてよりゴミ問題は誰の耳目にもタコができるほど頻々に取りざたされる社会・環境問題であるが、その最前線に立つ現場の人間が発する意見はさすがに重みが違う。

 

不名誉なことに、個人が年間に出すゴミの量において、日本は二位であるフランスの180㎏にぶっちぎりの差をつけて320㎏という驚異の数字をたたき出し、後続を寄せ付けぬ単独首位をひた走っているそうだ(ゴミの総量ではアメリカが一位)。

 

消費主導の経済構造は言うに及ばず、過剰包装や食品ロスなど、ゴミが多量に排出する様々な原因が重なり、日本のゴミ問題は深刻かつ喫緊の課題となっている。

 

だが、ゴミを人民の生活から隔離するシステムが高度に発達した日本では、ゴミ問題が意識の俎上に載る機会は少なく、ゆえに挙国一致した抜本的な対処がされてこなかった。

 

「ゴミを人民の生活から隔離するシステム」は、いくら高度に発達したところで、「ゴミを処理するシステム」とは似て非なる対症療法だ。

 

いくら隔離したところで、目に見えなくなるだけで、ゴミは厳然と存在し、今この瞬間にも、日本国の債務に負けず劣らずの勢いで増殖し、その勢いはとどまるところを知らず、ただでさえ狭い国土を着実に侵食し、勢力範囲を拡大している。

 

お笑い芸人が趣向を凝らしていくら滑稽に描写しようと、舞台や背景となるゴミ問題の暗い影を払拭するのは難しい。

 

終わりに

ゴミにまつわる面白エピソードが目白押しで、笑えるだけでなく社会勉強にもなる。

 

それだけでも文句無しの良書だが、現場の人間だからこそ見えてくる視点でゴミ問題に切り込み、問題の核心を捉えて提示するという離れ業までやってのけたことで、本書はさらにもう一段階深い境地に踏み込み、読者に笑いを提供するだけでなく、自らの生活の再考まで迫る出色の内容となっている。

 

いつかゴミ問題が完全に解消し、本書を心置きなく笑うだけで済ませる日が来るのだろうか。

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