ざっくり雑記

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映画『アイアン・スカイ』

 

 

どんな映画?

アメリカ大統領が選挙キャンペーンの人気取りのために月面探査に派遣した黒人モデル・ワシントンが、第二次世界大戦で敗れ、月の裏側で再起を図っていたナチスの残党と遭遇したことがきっかけとなり、ナチスVS世界の宇宙戦争が勃発する。

 

感想

ナチスほどディテールが凝っていながら、何でもありの荒唐無稽な悪役として、シリアスからコメディまで、ありとあらゆる形式の創作で重宝される実在の組織は空前にして絶後だろう。

 

本作でのナチスの扱いは、その中でもスタンダードな、偏狭な政治思想と世界征服の誇大妄想に取りつかれたトンデモ科学で武装する狂信者の軍勢というものだ。

 

人道的な国際協調に逆行する諸国の利己主義と分断の傾向を束ねて煮詰めたカリカチュアという立ち位置は、創作物におけるナチスの指定席としてすっかり定着した感がある。

 

帰ってきたヒトラー』でもそうだったが、ナチスが犯した慄くべき所業を別にすれば、その政治信条の中核を成すドグマには、ある種の人々を強烈に惹きつける普遍的な引力があり、本作において、アメリカが時を越えて逆輸入したその普遍性の毒牙に酔いしれ熱に浮かされるお祭り騒ぎは、非常に滑稽でありながら、同時に肝胆を芯から寒からしめる。

 

ナチスがブラックジョークのタネとして重宝される背景には、日本の国政において重要な国防、その要たる自衛隊の広報ポスターに、アニメ調の可愛いキャラクターが起用される事情と同じ力が働いている。

 

真面目で深刻な問題を正面から突き付けられ、緊急の対応を迫られることほど、人間にとってストレスフルなことはない。

 

できることなら、真面目で深刻な問題を避けて通り、気ままに太平楽にストレスフリーな日々を過ごしたいのが人情だ。

 

だが、真面目で深刻な問題は、避けて通れないから真面目で深刻なのだ。

 

国防には十分な人員を充当しなければならないが、ひとたび争乱が巻き起これば、泥濘に塗れ、銃火に身を晒し、命を懸けて国を守る肉の盾となる自衛隊の実態を、露骨に赤裸々に正直に宣伝広告したら、果たして十分な人数が集まるだろうか。

 

もちろん高い志を持って困難な業務へ進んで志願する人間も一定数いるが、いつの時代のどこの地域でも、そんな理想的な人材は希少種で、常に不足しているのだから物の数ではない。

 

となれば、露骨で正直な宣伝広告は避けるに如かず、可愛いアニメキャラクターのつぶらな瞳と鮮やかな彩色で過酷な国防業務の実態を塗りつぶし、ハードルを下げる広報戦略は、人材補充の方策として理に適う。

 

飲まねばならぬ苦い良薬を飲むために、シロップをぶち込む融通が、現実世界には欠かせない。

 

ナチスの台頭は、人類が許してしまった人為的惨禍の中でも最悪の部類に入る。

 

二度目は決して許されない。

 

だが、惨禍の経緯を把握し、正面から対峙するには、相応の知性と覚悟を備えなければならない。

 

これが個人の成したことであれば、単なる例外、ベルカーブの両端に位置する逸脱者の凶行として片づけても差し支えないが、事は国家規模の組織的凶行である。

 

パニックに陥った集団が、集団心理の巨大な慣性に流されるままに発動した無軌道で散発的な暴力ではなく、明確な信条と冷静な合意に基づく政策として、数百万人が一致団結した相乗効果無くしては成し得ない一大事業を、一時の惑乱や狂気の産物などという浅墓で大雑把なイメージの向こうに追い遣り、隔離の完了を期して安心するのは早計である。

 

アイヒマン裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントの『悪の陳腐さについての報告』を引き合いに出すまでもなく、ナチスが明日の我々、あるいは既にして今の我々の姿である可能性は否定できない。

 

ナチスは特別な存在ではなく、人類の本質に組み込まれた残虐性が、何らかの条件を満たしたときに結晶化して噴出する一つの表現形式なのだ。

 

「何らかの条件」などと曖昧な表現を用いたが、いまだ人類はその正体を完全には掌握しておらず、理解すら程遠い。

 

その証拠に、ナチスの台頭以前にも以後にも、ナチスと似たり寄ったりの迫害や虐殺は後先を絶たず発生し、事例には事欠かないというのに、我々はいまだに有効な予防策を打てず、事後処理と益体のない反省に追われている。

 

誰しも、自分の中に、そして家族や友人や愛する人や尊敬する人やその他あらゆる人々の中に、人類史に黒々とした汚点を記す、ナチスと並び立って遜色のない凶行の因子が眠っているとは考えたくはない。

 

だがそれは事実なのだ。

 

真面目で深刻な事実なのだ。

 

複雑で醜悪な人類の一面に真摯に向き合い、対抗する覚悟を定めなければ、未だ明らかならざる条件が揃った時に、ナチスの同工異曲は我々を土壌として何度でも芽吹くのだ。

 

だが、真面目で深刻な問題を避けて通りたいのが人情であるのは先述したとおりだ。

 

苦より楽を好むのもまた、人間の本質なのである。

 

たとえより恐ろしい苦を招く愚かな選択であったとしても、目の前の楽の魅力には抗しがたい。

 

では我々はどうすれば真面目で深刻な苦に取り組み、将来の憂慮に対抗できるのか。

 

幾つか方法があるが、苦と楽をセットにするのが古典的な方法の一つである。

 

苦い良薬にシロップを混ぜる、くだんの手法だ。

 

本作においては、痛烈な政治批判に、荒唐無稽なナチス残党の都市伝説を絡めて、口当たりのいいブラックジョークに仕立て上げている。

 

人々がブラックジョークに惹かれるのは、見たくないが直視しなくてはいずれ立ちいかなくなる自らの汚点に曲がりなりにも向き合うまたとない形式だからだろう。

 

アニメ調の自衛隊の広報ポスターと、月から飛来するiPhoneで動くナチス謹製の超巨大UFOは、過酷な国防の実態や、ナチスの犯した酸鼻を極める陰惨な凶行を糊塗する激甘の糖衣として機能する。

 

笑えない事実に、笑える創作のシロップを振りかけて喉の奥に押し込み、何とか滋養にする、古来からの人類の英知(というか苦肉の策)の最新版の具体例として本作を見直すと、人類がいかにして自らに潜む残虐性と向き合い、自滅の危機を乗り越えて命脈を長らえて来たのか、その工夫と苦労の跡が仄見えて、笑いつつも感慨深くもなる。

 

終わりに

美女に軍服を着せると魅力が3割増しになるのはなぜなのだろうか。

 

特にナチスドイツの軍服は甚だしく扇情的で、まったくけしからん意匠だ。

 

月面ナチスの地球学者、レナーテ・リヒターの軍服姿だけでザワークラウトどんぶり三杯は軽く、ビールが進むこと進むこと。

 

人心を惑わすナチスはやはり恐ろしい。

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けしからん